1950~2024年、田舎生まれの体験記など

ヤマザクラ周辺の竹・ツルなどの伐採(英彦山1000年植樹プロジェクトの番外編、2025年10月19日)

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1.経緯
建コン九州の夢アイデア事業の実現化事業の一環として、「英彦山の麓の落合地区の屋形原駅の近くの「伝辻と呼ばれている場所の小山」の竹を伐り、ヤマザクラの苗を植えている」ことは、既に紹介している。

その伝辻の山での思い出をY.H.さんが色々と語ってくれたのが印象に残っていることも書いた。―――「頂上付近には、サクラや栗の木があった。栗を拾って祖母宅では売っていたり、田川の市場まで売りに行ったこともあった。・・・」

半年前頃、その山の頂上付近を探索する機会があった。すると、そこに「数本の栗の老木」、「ヤマザクラの大きな木1本」、「稲荷神社の鳥居と本殿、拝殿」を見つけた。思い出話と合致していたのでとても感動した。
ただし、竹やツル、樫の木が繁茂し、サクラや栗の木を被圧(陰を作って勢いを奪う)して、今にも枯れそうな状況になっていた。
竹伐採と植樹は、伝辻の山の麓の道路沿いから進めているが、このサクラや栗の木を何とか助けたいと思った。そうすれば、伝辻山の麓の新たなヤマザクラの植樹エリアとこのエリアがいつか繋がり、昔懐かしい「伝辻の山」復活することになる。

ただし、このエリアの土地の所有者は、別の方らしいということが分かり、断念していたが、その所有者へY.H.さんが了解を取り、竹を伐採する許可を頂いた。

このエリアの竹伐採は、植樹エリアと離れているので、夢アイデア部会の正式活動ではなく、有志での活動として実施することとした。
今回は、その第1回の番外活動の報告である。
まず、このヤマザクラと栗林の発見時の動画を参照していただきたい。

2.作業報告
番外編なので、私たち夫婦で自主活動として行うこととしていたが、戦力不足なので「共助研メンバーで友人のHAMAさんに支援をお願いしていた。
また、Y.H.さんの娘さんも参加可能ということで、計5名で活動した。HAMAさんは、この場所は初めてであったので、現地を紹介して、ヤマザクラの周りの竹・ツルの伐採と一段上の栗林の竹の伐採が目標と説明した。ただし、小雨模様の天候で、今日一日では無理だろうとHAMAさんの意見であったので、先ずはヤマザクラ周辺の竹とツルの伐採を行うこととした。
午前中は、私は手ノコでの作業を行い、HAMAさんはチェーンソーでの作業を始めたが、湿度のせいか、チェーンソーの調子が悪く、しかも目保護用のゴーグルが曇って、思い通り作業が進まなかった。

午後は、私の手入れ不足のチェーンソーも、HAMAさんが動くようにしてくれて、作業が捗り始めた。HAMAさんは大きな孟宗竹を一人で伐るために、たくみにロープを活用して、倒す方向を決めて、着々と作業を進められた。

ヤマザクラには、大きなツル(おそらく藤)が巻き付いていた。この根本は、MAHAさんが切ってくれたが、上の方に巻き付いていたものが竹にも絡み付いて、ノコなどが届かないところにあり、これを切らないと竹を伐っても、竹が倒れなかった。
そこで、時々している、手製の高枝切りをその場で作って、Y.H.さんの娘さんの力も借りて何とか切った。Y.H.さんと私の連れ合いは、伐採した竹などの小枝のカットと片付けに奮闘された。
こうして、この日は、サクラの周辺と稲荷神社前で簡単な作業エリアになりそうな広場を作ることができた。

3.余談
HAMAさんは、共助研のメンバーで「柴北川プロジェクト(|柴北川プロジェクト|豊後大野市|犬飼町|長谷地区|九州郷づくり共助ネットワーク研究会|共助研|」などで一緒に活動し、知り合ったが、その頃からとても紳士的な方と思っていた。偶々、私の第2の職場で席を同じくして、仕事をすることになった人だ。
第2の職場を退職してから連絡が取れていなかったが、最近は、私たちの糸島での竹林整備も手伝ってくれている。職場時代は、パソコン操作等々、いろんな場面でとても親切にしてもらった。
私は、自己顕示欲や承認欲求が強く、会社員時代は、このせいで何度も失敗した経験が多い。MAMAさんはその反対で、仕事はできるが、物静かで自己主張することがほとんどない。
連れ合いに、MAMAさんの紳士振りを話していたが、テレビで、「寅さんシリーズの一つで五島列島を旅する映画」を放映していた。MAMAさんは、五島列島の北の方の島の出身とは聞いていた。
この時、「HAMAさんの謎が解けた」と連れい合いに私は言った。―――なぜ、あれほど紳士的な振る舞いができるかの謎が解けたぞ。MAMAさんは隠れキリシタンの子孫だ―――
次の日、失礼ながら職場で、ご本人に訪ねてた。「失礼ですが、MAMAさんはキリシタンでしょう?」
彼は、静かに語った「違います。仏教徒です」
―――ということで、何故、あれほど紳士的なのか?の謎は解けないままである。

もう一人、紳士的と思える人が共助研のMORIさんである。昔の話で恐縮だが、この二人も入れて、大分県分母大野市犬飼町での「柴北川プロジェクト」の中で、ヤマザクラの大木を探しているシーンの写真が見つかった。2012(平成24)年の春の写真である。二人とも顔が見えないが、ヤマザクラの大木の幹の前がMAHAさん、右でGPSを確認しているのがMORIさんである。MORIさんは、現在の英彦山P.の中心メンバーの一人である。
英彦山では、この続きをしているもかも知れない。

4.最後に
この日も疲れはしたが、作業後は、夫婦とも、とても充実感みたいなものが感じられ、気持ちが良くなっていることが自覚された。
作業自体はあまり進まなかったので、続きの作業を近い内にすることを、MAHAさんが了解してくれた。
次回は、一番上の平坦地の栗の周りの竹伐採まで進めたいと思っている。

伝辻の山の麓のY.H.さんの祖母宅の庭には、お茶の木にかわいい花が付き始めていた。

なお、Y.H.さんの周りでは、詳細は省略するが、私たち以外でも様々な方が動きだそうとされているようだ。こんな状況にふさわしい言葉がある。ご本人は未だ伝えていないが、以下のような言葉を送りたい。

「おまえが何かを望む時には、宇宙全体が協力して、それを実現するために助けてくれるのだよ」      ・・・パウロ=コエーリョ:「アルケミスト」

この日の状況動画は、こちらです。
     ・・・・・https://youtu.be/RNSlj8r8F70

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